2005年08月22日

13 活動日記 2005.8




8月25日

 会社の仕事の締め切り日 最近あまり意識していないのだが、現在私は、一級営業主任という職層になっていて、月3件が分担なのだという。年間42件出来ればその職層は維持できるが、到達しないとランクダウンする。落ちれば単なる営業主任。それが出来なければ営業職員。それ以下はない。退社勧告なのかな。

上はまだある。上級営業主任、特別営業主任、TC。以前特別営業主任だったことがある。議員になるまでと、なってから7〜8年は特別営業主任を維持していたが、仕事が増え特別休暇(公務休暇が取れるが欠勤控除がある。)ばっかり取っていると、全く仕事にならない。落ちられるだけ落ちて、今少し上がってきたところなのである。

 社内の職層とは別に、金融全般の国家資格である AFP ファイナンシャルプランナーの資格も持っている。近江八幡の営業所では滋賀支社から勤務するところを指定される転勤族の2人以外、一般職員でこの資格を持っているのは私だけである。会社としてはこの資格を持っている人が全社で何人いるかという会社比較の時には重要な一人なのだけれども、国家資格を持っている職員と言うよりも、初級試験だけしか持っていなくても、どんどん売ってくれる職員の方がありがたいと思っているのだろう。AFPとして評価されることはあまりない。

 今日は給料日なのだけれども、欠勤控除などがあると手取り収入は2〜3万円ということもある。夏のボーナスは全くなかった。というより、ボーナス引きの物品や税などでこちらから納付しないと足りない状況だった。3.5万円の請求が来た。それでももう少し定年まで勤めたいと思っている。

 25年間の顧客とのつきあいは切れないものを感じているし、健康保険もあるし、保険のセールスは顧客一人一人の人生設計なのだから、生活の中まで入り込んで、一緒に人生を語れるという他の物品販売では出来ない深さがある。もちろん自助努力しなければ年を重ねられない社会を批判し、安心して老後を迎えられる社会をめざしている共産党員として矛盾を感じないわけではないが、そういう思いもさらけ出して、一緒に考えていこうとお付き合いいただいている。
 
 顧客のほとんどが 共産党の支持者ではない。けれども共産党員である私を否定する人はいない。よく「共産党やということで仕事しにくいのと違うか」という人があるが、24年間そういう思いをしたことは全くない。自民党ばりばりのお客さんでも、保険の話しはよく聞いてくれるし、信頼されていると思っている。そうでなければ25年も続けられない。営業所の正職員では最古参になってしまった。

8月24日

 彦兵衛被害従業員の会の役員会に呼ばれた。8/28に最後の総会を開くため準備がすすめられている。100人の会員のうち30人が出席、欠席委任が40人。返信葉書にはたくさんのコメントが書いてあった。「病院通いですが、畑仕事に励んでいます。」「彦兵衛には3ヶ月お世話になっただけなのに案内をいただいて嬉しいです。」「長い間ご苦労様でした。私は倒産当時、入社一年も経たない新入社員でした。」「84才になり、足が弱って参加できません。」「現在私立学園の理事です。入学希望者があればパンフレット送ります」11年前を思い出しての心情や、それ以後の生活の様子などが書きつづられている。

 最近では倒産は日常茶飯事。けれども11年前と言えば、「えっ!倒産?」という感じでしかも竜王町ではテレビコマーシャルも出していた漬け物会社が、まさか倒産するなんて と誰もがびっくりしたものだった。
 そもそも彦兵衛は、近隣の農家に漬物用の野菜を栽培させて買い取り、その代金を支払う代わりに、炭(後にはガソリン)やお茶などを買わせて、いわば二重に儲けていた会社で、議員をしていた社長は、役場に行っては注文を取ってきていたという話しがある。

 けれども、近隣の人たちにとっては、畑ものを買ってくれるし、従業員として雇ってくれるし、社長さんはいい人だと評判も良かった。100人以上の従業員がいる会社でしかも、今年84才になったという人は当時73才で、従業員として働いていたのだから、地域の雇用創出にも一役かっていたことになる。 だからこそ一般従業員や野菜を納入していた人たちが四人も五人も社長の借金の保証人として実印を押し、後にその返済を迫られることになったのだと思う。7500万円の借金の連帯保証人になっていた人もいた。(この貸し主は八日市の小山とか言う暴力団???で、殺された。相続した娘が後に、返済義務なしと通知してきたため、返済を免れた)

 いろいろな思いで30人の人たちが28日に集まる。倒産してから約四ヶ月、未払い給料の支払や雇用保険の手続きなど、働く人たちの権利を守るため一緒に頑張った一人として私も参加することになっている。嬉しい集まりになることだろう。

8月23日

 仕事はあるが、利益が少ない。借金の返済が今までのように出来ない。何とか銀行に待って貰っているが、うーんと儲かる仕事があるという見込みがないので、仕事を辞めた方がいいのか と思っている。けれども銀行の借金は担保価値が低いので、担保を取られてしまった上にまだ残るので、仕事を辞めても支払はしていかんならん。どうすればいいのかと悩んでいる。
 税理士は景気が下向くと、守りにかかってきて怖がってしまう。会社を閉鎖しろの一点張りで、それならどこで、どういう状況で閉鎖するのか そういうことは言ってくれない。

 自営業の何人かから同じような相談を受けている。うーん。これには返事が出来ない。具体的に借金の内容と、今後の仕事の見込み。手持ちの財産の状況を分析しないとどういうアドバイスも出来ない。小泉政治が悪い と言ったところで解決にならない。

 昨年だったか、約5億の借金を抱えた会社が、同じような問題で相談をしてきたとき、京都の知り合いの税理士を紹介したことがある。具体的にどういう指導を受けたのか聞いていないが、その会社は毎月500万円の返済をしていて、あと5年でめどがつくようになったと昨日聞いた。今までの仕事の仕方を変えて、現金決済、社員には5年辛抱してと給料カット、もちろん役員も生活費程度の給与。インターネットやルート営業で走り回っていてくれるので何とか仕事が増えてきた。と言う話しをしていた。 がむしゃらや と社長は笑っていたが がむしゃらは どこでも通用するのだろうか。

 中小企業や飯米百姓が元気に仕事の出来る社会でなければ、経済の活性化はないと思う。大企業が優遇される社会から、一人一人の国民が大事にされる社会への転換なくして改革はあり得ないのだと痛感している。改革には痛みが伴う、と言われて そうかな、と小泉さんを支持した人もいるだろう。その痛みの先に何があったのか。この4年間に彼は何をしてくれたのか。あれ以来痛みばっかり、まだまだ痛みがまっているのだという。増税、福祉後退、憲法改悪。そろそろ目覚めて、痛みの矛先を大企業に・・・今度の選挙はやっぱり絶好のチャンスなのだと思う。

8月22日
 
 会社でコーヒーを売っている。一杯50円のコーヒーなのだけれども、これがなかなかおいしいと評判がいい。
 コーヒーを売り出したのは18年前。当時の職場では、朝礼が終わった後、何人かの職員が、会社を出て喫茶店に集まって、たっぷりおしゃべりをしていると言う話しがあって、支部長は何とかならないかと考えていた。
 そんなとき私のお客さんがコーヒーメーカーを買って欲しいと言ってきたので、支部長に相談した結果10万円もする機械を支部長のポケットマネーで立て替えてくれることになったのである。
 支部長にすれば支部でコーヒーを飲んで、仕事に出てくださいね。と言うつもりであったと思うが、私の方は必死でコーヒーを売って、返済しなければならないので大変だった。

 一杯100円で売って何とか半分の返済をした頃、支部長の転勤が決まった。さあ大変、半年分の利益を3月の転勤まで1ヶ月であげなければならない。仕方なくコーヒーチケットを作って11枚1000円にしてみんなに買って貰って残金の支払いに充てた。
 
 チケットを持っているとみんなはコーヒーを飲もうと思うようになり、その年の8月には何とか黒字に転化するようになったので、コーヒーを50円にして売るようにした。
 
 以来17年、私が休むと喫茶ニッセイもお休みで、何日も続けて休むと、職員から苦情が来る。なんで休んでいるのかという心配ではなく、コーヒーが飲めないから困るという苦情なのだ。
 今は14枚綴りのコーヒーチケットか500円で一杯あたりにすると36円。それでも利益が上がる。時には今日はケーキが付きます。とか、ちらし寿司付きです。とか、サービスがある。そのサービスは職員全員。不公平だという声はない。いつも飲んでいないのに申し訳ないと思っているのなら、また飲んでくれるかなぁ と思うが、私はコーヒー嫌い という人がケーキは一番に取りに来る。そうしたもの・・・・

 一緒に食べる、飲むという習慣はなかなか良いと私は思っている。飲むもの、食べるものが人間関係を和ませる。お金の負担がないとそれは一層良い。(これが政治の世界では良いではすまされないのだけれども。)毎朝珈琲を沸かし、また後片付けをし、材料の仕入れもするので大変だけれども、和やかな職場づくりに貢献していると思えば、たいしたことではない。

 けれども17年の間にはいろいろあった。9人の支部長がみんな好意的ではなかったし、職場では一切飲むな食べるなという支部長もいた。そういう支部長には悩んだけれども、いつの間にか今まで通り珈琲屋をしていた。保険売りに来ているのか、コーヒー売りに来ているのか・・・等と皮肉を言われながら・・・今では会社にあって私の存在意義は 珈琲やさんなのかも知れない。



8月21日

 朝一番に滋賀県党の林常任委員が来られて、供託金募金に協力いただいたSさん宅にお礼に行くことになった。Sさんは昨日わざわざ我が家に来ていただいて、募金を届けてくださった。ありがたいこと。
 募金に協力していただく方々は、「共産党は堅物やな。」「政党助成金貰えばいいのに。」と言われる方もある。けれども、憲法違反のお金を受けとること自体が、国民への背信行為になるし、制度の廃止をめざす議論に逆行することになると考えている。だから受け取らない。そこまで承知で募金を届けてくださる方はそんなに多くはない。

 有権者一人一人が個人献金によって支持政党の政治活動を支えるという、あたりまえの姿を
実現してこそ、政治が本当に国民のものになるのではないか。そんなことを考えながらSさん宅を後にした。

 選挙葉書が届いた。宛名書きをしなければならない。すべきことは山ほど。今日は支部会議、一つ一つみんなでやり切ろう・・・・。

8月20日

 衆議院選挙滋賀2区予定候補 坪田いくおの事務所開き。甲賀からもたくさんの参加。
午後は坪田予定候補と竜王町の支持者などに挨拶回りをした。山口町長はアグリの畑でトラクターに乗って農作業中。姿を見るなり、トラクターからおりて駆け寄って下さった。山之上の桃畑やぶどう畑を回って挨拶した。アグリの直売所でもたくさんの皆さんに坪田さんを紹介した。
 
 若くて、背が高くてがっしりしている予定候補者は見るからに頼もしい。どこでも目を細めて眺めて、握手をして下さる女性に出会った。自宅におじゃましたが お留守の家もあって、5時には蒲生町に送っていった。広範囲を回る候補者は大変。暑い中での選挙、すでに本番並みの日程だそうだが、体調には気をつけて貰いたいものだ。

8月19日

 研修二日目。お待ちかねの逢坂町長のお話の日。朝7時に食堂に行ったら、一人の青年が私
に声をかけてきた。「竜王の若井さん?」平成14年の夏だったか、日本共産党の全国議員会議が埼玉県で開催され、全国の議員代表2000人が集まり、取り組みの交流をした。私は全体集会で5番目に竜王町議会での合併の取り組みについて発言した。
旗参照
その時の報告が大変インパクトがあり、しっかり記憶に残っています。とその青年は話しを始めた。

 全国に3739人の地方議員がいるが、一人議員でしかも一期目、二期目の議員は悩みも多
い。日本共産党は地方の問題について、どう対応するかは、その地域に責任を持っている党組
織が決めるとしているが、議員が複数で議論できるところはいいが、一人議員でしかもその議員に任せっきり、とか、相談できる・組織がないと一から十まで悩みっぱなしと言うこともある。 岐阜のある町の議員さんで、二期目というこの青年も、落ち着いた話しぶりだけれども悩みいっぱいという感じだった。

 青年との話に夢中になっていたら、ニセコ町の逢坂町長のお話が始まる寸前になっていて、急いで部屋に
戻り、資料を持って講義室に走った。

 逢坂町長の話は、いつものように細かい階段を走り上がるような勢いで、話がどんどん進む。今年六月末に議会の総務常任委員会研修でニセコに行き、直接町長のお話を聞き、案内していただいているのでその時聞いた話もあり、話しについて行くのに少し余裕もあったが、話しの厚みにメモりっぱなしだった。

 自治の本旨は、団体自治と住民自治、そこに自治体への愛着や誇りが加わる。団体自治、効
率性を向上させるのは必須条件。けれども合併すれば効率が良くなるというものでもない気がする。住民自治はここをいかに元気思う。愛着や誇りというものには合理性、論理性はないのかも知れないが、原動力がある。これをどう取り扱うかがポイントになると思う。・・・・・・

 歯切れのいい話の中にずっしりと重い町長の主張が入っていた。

8月18日

 全国町村議員特別セミナーを受講した。大津市唐崎にある研修所には全国から150人の議
員が集まって研修を受けた。初日は和歌山県知事の話。 
 木村知事の話の大半は、道州制の話し。地方自治体が半分になった。これからもっと合併は
進む。一つの事業に孫、県が関わりすぎる。お節介や。それを全て地方に任せるべきだ。そうすれば県の仕事が減る。減れば都道府県がこのままでよいのかという議論になる。
 国体、そもそもスポーツ振興で国内の活気を取り戻す目的で始まったもの。今300万人の都も、60万の県も全ての施設を準備して国体を誘致するような時代ではない。道、州単位で交互に開けばよい。・・・・・と話された。

 確かに合併で県の仕事は減るのかも知れないが、都道府県の有り様が変わるから、道州制だ
というのは早計ではないか。長野県のように、市町村支援に回ればよいし、国体も道州にならなくても三県が合同で開催する国体があってもいいのじゃないか。 

 和歌山県には北山村
がある。和歌山県でありながら、三重県と奈良県に囲まれ、和歌山県のどの市町村とも隣
接しない特殊な位置にある北山村。人口600人の村で花粉症に効くというじゃばらジュース
(年商4億賊)の産地で有名なのだが、この村は合併していない。そういう町を知事はどうするつもりなのだろうか。そんな思いを持ちながら聞いていた。

 ダニエルカールさんの話は楽しかった。日本人は自分の妻を 愚妻 と言ったり、息子を 馬鹿息子 と言ったり謙遜するが、謙遜はそのくらいにしておくべきで、地域についてまで謙遜して欲しくない。むしろお孫自慢出来るようになるべきだ。と言う話しから 地域に愛着、誇りを持つことが、地域の発展には欠かせない要素なのだと感じた。日本語はなかなかユニーク。

 今回のセミナー、全国から来ていただいているが、滋賀県は近江町4人と日野町2人、竜王の
3町、8人だけ。せっかくの研修会なのに参加が少なくて残念だった。このセミナー今年2回目とのことだが、竜王町議会で紹介されたのは今回初めて。今竜王町の議員のうち5人はアメリカミシガン州にPTPのメンバーと一緒に訪問中。残っている議員も選挙前だからかセミナーには来ていない。参加費用が個人負担だからかな?竜王は、勝見議員と二人だけの参加だった。

8月17日

 朝8時にрェあって、急遽アナウンサーの要請。弁士が井上哲(さとし)参議院議員だというので、これは断れないと、了解した。東近江市の市会議員が二人加わり、12時に簡単な打ち合わせをして出発。12時30分まで、東近江市を中心に、二カ所の街頭演説と流し。少しだけ竜王にも入って貰った。

 宣伝カーのアナウンサーは30年以上続けている。高校時代の弁論部での発声練習のお陰か
、一日アナウンサーをしても声がかれることはない。ただ我流の域を超えないので、プロなどと比べると、品がない。まだまだだと思う。井上哲議員はどう思って聞いていたのだろうか。

 井上議員の街頭演説は、さらっとしていて、暑い日でもさわやかに聞こえる。声が高いからかも知れないが、市田書記長やこくた国会対策委員長などと違って、大きくて重々しい声で話しかけるような、説得するような話し方でない分軽く聞こえるが、中身の論建てはきっちりしていて納得してしまう。さすが国会議員だなぁと思う。

 東近江市の二人の議員さんと井上議員、私の4人で昼食をとって、湖北に向かう井上議員を
見送った。

8月16日

 ポスターを貼る揃示版があまりにも汚れているので、洗っていたら、足場から足を踏み続して、川にはまってしまった。左足のすねに打ち身と切り傷。不格好なこと。誰にも見られず・・・ホッ。

 同級生に塗装やさんがいるのを思い出して、「ベニヤ板に塗装したいのだけれど・・・」と・話したら、おいで、という返事。軽トラで走っていったらベニヤ板にクリーム色のペンキを塗っておいてくれた。その上「もういらんペンキやから、やるわ、持って帰り」と缶に四分の一ほど入ったクリーム色のペンキと、ローラーとをくれた。何でも其協力するでぇ。出来ることは。な。という同級生の言葉が嬉しかった。

8月15日

 赤旗の集金や供託金募金のお願いに回った。郵政民営化の是非を問う選挙と小泉首相は位
置づけているが、有権者の関心は、介護保険、年金、増税。

 しっかり者で賢いお舅さんが、認知症になって要介護1。ディーサービスなんか行かない!と言い張っていた人が、今では週2回、楽しみにしていて、お盆休みで行けないことを寂しがっておられると話す人があった。この方も介護保険の見直しが心配なのだ。
 
 このお舅さん、要介護1で、来年4月から介護保存制度の見直しで、要介護1の人の大半が要支援2という新しい認定を受けることになる。国はこのランクの方々は軽度で自立できる方とし、新予防給付事業に切り替えようとしている。認定審査会の決定と町の協議を経て、新予防給付を受けることになるのかどうかが決まるのだが、竜王町は 地域包括支援センターの設置、新予防給付の内容、実施場所など事業内容などまだ手つかずの状況。いづれにしても、喜んでディサービスを受けていた人たちを閉め出すことにならないようにして欲しいものだ。

8月14日

 棚経が朝からあった。70戸の檀家を昼までに回ってしまうと言うので、住職は朝6時までに寺を出ているのだろう。移動も含めて約10分。お経は5分くらいで終わったように思う。住職を見送ってから、集落内の親戚の仏壇にお参りに回った。毎年義父の仕事なのだけれども、義父は体調が悪く、半分は私が回ることにした。お供えの品を用意して、回るのだけれどもどうしてもおしゃべりが長くなって、家に戻ったのは昼前だった。急いで おしょらいさん の昼食の用意。午後のおやつは みつ豆。 その用意をして、夕食の心づもりもしておかないと・・・・と考えていると明日の夕方に送るまでゆっくり外出することは出来ない。また考えた。こんなこと息子たちが引き継いでくれるのだろうか・・・と。

8月13日

 おしょらいさんが夕方に帰ってこられる日。「おしょらいさん」と言ってはいるが「精霊」を丁寧に、あるいは親しみを込めて言っているのではないかと自分勝手に想像している。ご先祖の魂がお盆に里帰りすると言うので、今日の夕方から15日の夕方まで精進料理でおもてなしをするという習わしである。

 我が家の おしょらいさん は夕食はすませてこられることになっていて、お迎えはお茶だけで良いと義母が言っているので、そのようにした。朝からお迎えの準備。仏壇の掃除、磨きものなどをしたが、大阪仏壇でなかなかのものらしく、磨きがいがある。お昼過ぎまでかかった。蓮の葉を池からとってきて、畑のものを乗せて供え、トウモロコシやサツマイモ、リンゴやミカンなど足りないものを買ってきた。平成7年に五重相伝を受けたので、少しばかり覚えたお経を上げていたら、息子が「共産主義者がお経か?」と笑っていた。


8月12日

 実家のお墓に参った。父は昭和51年9月26日に死亡した。その年の11月に私は結婚した。
母は平成15年9月28日に死亡している。二人は昭和10年5月に結婚している。今の八幡公園
あたりに、父は大工の修行で親方の元に住み込んで見習い、母は八幡山の麓の病院で看護婦
として働いていた。何がきっかけか知らないが、二人は当時としては珍しい恋愛結婚であった。 
 母はこれまた当時としては誰も出来なかった、ぴかぴかの自転車を嫁入り道具の一つに持って嫁いできたのだった。その自転車にさっそうとまたがって、産婆さんの おふいさんはお産や産湯使いに出かけていた。職業婦人とさげすまれていた時代であった。 お参りしながら母の姿を思い出していた。


8月11日

 10人くらいの事業所からрェあって、来て欲しいという。仕事の話し。今までの退職金積み立てを見直したいとのこと。もう7〜8年になるが全員の積み立てを商工会議所の共済制度で始めて貰った。けれども過去勤務債務(積み立て開始以前の勤務に対する退職金の積み立て分)が加味されていない。一人ずつ入社年月、今日までの期間、退職金規程による今の退職金額、現在の積立額、その差額などを書き出し、同じことを10年後を想定して書き出し、今からどれだけ積み立てるかを決めて貰うことにした。

 リストラ横行の今の時に、退職金制度の充実を考えている事業所は少ない。とりわけ10人程度の事業所なら制度そのものがないところも多い。商工会議所共済の推進月間でもあり、事業所従業員の福利厚生制度を作ってくださいとお願いに回ろうと考えている。明日から盆休み。

8月10日 

 墓参り。盆礼を兼ねた墓参りだけれどもお客さんは主人の姉一人。事前に 墓を掃除し、檀家が協力してお寺の草刈りなどお盆を迎える準備をした。寺の都合か前々から小口の墓参りは10日と決まっている。朝早くから札をとった順におつとめをしていただく。みんなが帰ってきたのは10時半だった。少し早いけれどと食事の用意をして食べて貰った。

 午後から仕事に行くという次男も一緒に食事。息子の代になって墓掃除、墓参りはどのように執り行われるのだろうとふと考えた。

8月9日

 今日は日程がぎっしり詰まっていて、大変だった。朝8時30分からの議会全員協議会。9時10分から臨時議会。終わってすぐまた全員協議会。10時から自律のまちづくり特別委員会。12時30分まで、続いて2時から 高齢者保健福祉計画策定委員会。5時まで会議が続いた。

 町からの報告で 来年2月、町政50周年記念講演会を開催したい。講演は 宇宙飛行士の
毛利衛さん。交渉が調ったので、中学生などの子どもたちにも参加して貰えるプログラムを考えているとのことだった。1000人規模で会場は竜中体育館。今話題になっていることもあり、期待できる後援会になるだろうと思っている。自律のまちづくり特別委員会では 町が検討している自律プランについて、中間報告を全町民に示す必要があると主張した。内部や一部の町民代表で議論しているだけではなく、その経過も含めて町民に公表し、町民の意見も取り入れられるようにしないと、どこかで議論されて、勝手に決まっていた とも成りかねないし、やっぱり全員参加であってこそ住民自治なのだから。そんな思いを発言した。

 ニセコ町は情報開示と住民参加を徹底している町である。企画立案の全てについて住民主導
の議論がされる。もちろん時間はかかるし、町職員にしたら面倒くさいことかも知れない。コンサルなどに頼んで描いた絵を、審議会などに提示して、そこで決めて貰って、町長に答申して貰う。3ヶ月か6ヶ月もすれば執行できる。これが今までのやり方で、議会も容認してきたのである。

 ニセコでは計画そのものに全く反対という人も、わからないという人も、たくさんが集まってまさに侃々諤々の討論がされるのである。そうしてできあがった企画立案は 結果として反対であっても、議論の過程をつぶさに見ているのだから、反対だけれども認めようということになる。しかも、そこで終わるのではなく、事業の推進過程でも参加住民が関わっていくのだから、ニセコの取り組みは大いに学ぶべきだと常々提案している。首長の違いといえば終わりで、竜王町でも発想の転換を求めていきたいと思っている。

8月8日 

 参議院本会議、郵政民営化法案を賛成108,反対125で否決した。
 郵政民営化法案は、「官から民へ」の名のもとに、全国津々浦々の郵便局が国民に提供して
いる公共サービスを後退させるもので、国民にとっては「百害あって一利なし」の悪法。
 郵貯・簡保の340兆円もの資金を、アメリカと日本の銀行・保険会社がねらっていて、この業界と宅配業者の後援を受けている小泉首相は全く道理のない衆議院の解散をした。何が何
でも法案成立をねらっているのだろうか。

 竜王の郵便局で局長に出会った。選挙でしっかり審判を下しましょうねと声をかけた。郵政だけではなく、消費税の増税や憲法改悪など大きな問題が山積している。こんどの選挙は小泉内閣の暴政にたいして主権者国民のきっぱりとした審判を下すために、自民党政治ときっぱり対決し、どんな問題でも国民の立場でがんばる、たしかな野党・日本共産党に熱いご支持・ご支援をと、訴えていこう。

8月7日

8月6日 

組合のユニオンスクールに参加した。ホテルを会場に180人のスクール、一泊。会社の支援策やイベントのやり方、パソコンの不十分さなど日頃思っている不満をみんなで出し合った。夜は一つの部屋に全員集合。かなり遅くまで話し合ったりした。

8月5日 
 
 伯母の四十九日法要 朝から手伝い。午後三時頃まで手伝った。

8月4日

 介護保険事業計画策定研修会に参加。夜は農業委員選挙で当選した二人の委員さんの祝
賀会。手作りの料理ではあるが、話も弾んで、酒もだいぶ進んだ。竜王町の農業をどう守るのか。二人の委員を囲んで夜遅くまで議論が交わされた。

8月3日

 会社の全員大会。県下の営業所の職員全員がさきらホールに集まって8月目標の達成を誓
い合う大会。本店から来られた常務のお話は厳しかった。この会社に25年勤務した。時代は変わったと思う。その変化に機敏に反応しながら、営業活動をすすめるのはなかなか難しい。

 かつては 750人体制を。というスローガンを掲げていたことがある。今は500人とか。人が減ると勢いがなくなる。明るさがなくなる。けど今の人にこういう仕事をさせられるだろうかという不安があってなかなか誘えない。そうも言っていられないのだが。


8月2日

 会社のグループで会食。店はひょうたんや私の同級生が社長。二人の息子と一人の娘が店を手伝っている。今では、近江
八幡市内の「ひょうたんや駒吉」や京都、大阪にまで店を出していて、今年秋には東京にも進出するという。大変な盛況ぶりである。

 元々寿司やさん。踏切手前の店当時、出前の車3台が年間10万キロ走るという店だった。 ニューオウミにその場を譲って今のところにビルを建てて、二階に納まったのが、九年前。それからはまさに飛ぶ鳥落とす勢い。そのきっかけになったのが ちりり という名の豚しゃぶ である。
 老舗のひょうたんやにしては、何でもないメニュー。たねやのケーキを食べた豚の肉を特別に薄くスライスして、しゃぶしゃぶに。熱いお湯に入れると チリチリと縮まるところから ちりり と命名された。鈴鹿のわき水で打った石部のそば、草津のほうれん草、ゆずとうがらしは実生のゆずに小幡のとうがらしをあわせたもの。あしらいにもこだわりがあるものの、老舗の料理屋らしからぬものだ。ところが老舗の料理屋だからこそ、の人気かも知れない。

 木枠の特製鍋を社長がデザインし、電磁調理器で炊くから、夏でも暑いと敬遠することもない。
全てのアイデアは中学時代に父を亡くし、母親が女将さんとして苦労されたそばで料理屋の息子として育てられた社長のセンスなのだ。それを生かし、引き立てる奥さんも凄い。
 ひょうたんやとのつきあいはドキュメンタリー映画でも見ているように思える。

posted by 若井敏子 at 15:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 私日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/6124815
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック